東京地方裁判所 平成5年(ワ)13930号 判決
原告 山田進
山田順子
右両名訴訟代理人弁護士 元倉美智子
弓仲忠昭
被告 明治生命保険相互会社
右代表者代表取締役 波多健治郎
右訴訟代理人弁護士 上山一知
被告 株式会社三菱銀行
右代表者代表取締役 若井恒雄
被告 ダイヤモンド信用保証株式会社
右代表者代表取締役 森岡正博
右両名訴訟代理人弁護士 熊谷信太郎
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 1と2を選択的に求める。
1 被告らは、原告山田進に対し、連帯して、金五億〇五五二万〇二五四円及び内金四億二二三五万七七六七円に対する平成五年七月一六日から、内金五五一六万二四八七円に対する平成七年六月一六日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2(一) 被告株式会社三菱銀行は、原告山田進に対し、同原告の被告株式会社三菱銀行に対する平成二年五月三一日付け金銭消費貸借契約に基づく残元本金一億三五〇〇万円、同年九月七日から平成五年七月五日までの間の別紙債務目録≪省略≫一記載の各金銭消費貸借契約に基づく合計金二億八三二九万九六五七円、同年八月二日から平成七年六月一日までの間の別紙債務目録二記載の各金銭消費貸借契約に基づく合計金五四二〇万円の各債務が存在しないことを確認する。
(二) 被告明治生命保険相互会社は、原告山田進に対し、金三億一六五〇万六〇〇〇円及びこれに対する平成五年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 被告ダイヤモンド信用保証株式会社は、原告山田進に対し、金二七四万八六五八円及びこれに対する平成五年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告ダイヤモンド信用保証株式会社は、原告山田進に対し別紙物件目録≪省略≫一記載の土地についてされた別紙登記目録≪省略≫記載の根抵当権設定登記の、原告両名に対し別紙物件目録二記載の土地についてされた別紙登記目録記載の根抵当権設定登記のそれぞれ抹消登記手続をせよ。
第二事案の概要
一 本件は、原告山田進(以下「原告進」という。)が、被告株式会社三菱銀行(以下「被告銀行」という。)からの借入金により被告明治生命保険相互会社(以下「被告保険会社」という。)の変額保険に加入するに当たり、被告らのした一連の勧誘行為に違法があったとして、共同不法行為による損害賠償を求めるとともに、選択的に、当該変額保険契約、融資契約並びに融資を担保するための保証委託契約及び根抵当権設定契約(以下まとめて「本件各契約」という。)がいずれも被告らの欺罔行為によって錯誤に陥ってされたもので無効であるなどとして本件各契約に基づく原告進の債務の不存在とそれに基づく既払いの保険料等を不当利得として返還を求め、あわせて原告両名が根抵当権設定登記の抹消を求めた事案である。
二 争いのない事実
1 原告進は昭和七年一月四日生まれであり、原告山田順子(以下「原告順子」という。)はその妻である。
2 原告進は、平成二年五月三一日、被告保険会社との間で、以下の内容の変額保険契約(以下併せて「本件変額保険契約」という。)を締結し、被告保険会社に対し、保険料合計金三億一六五〇万六〇〇〇円を支払った。
①被保険者 原告進
保険金額 三億円
保険料 一億四三二八万九〇〇〇円
保険期間 終身
保険料払込方法 契約時一時払い
②被保険者 原告順子
保険金額 三億円
保険料 一億二四〇〇万二〇〇〇円
保険期間 終身
保険料払込方法 契約時一時払い
③被保険者 山田敬子(以下「敬子」という。)
保険金 三億円
保険料 四九二一万一五〇〇円
保険期間 終身
保険料払込方法 契約時一時払い
3 原告進は、前項の保険料等の支払いのため、平成二年五月三一日、被告銀行との間で、金三億三五〇〇万円について、利息を年七・九パーセント(変動金利方式)、支払時期を元本につき二〇年後一括、利息につき毎月一六日とする約定で借り受ける旨の金銭消費貸借契約(以下「本件融資契約(一)」という。)を締結した。
4 原告進は、本件融資契約(一)の利息の支払いのため、平成二年五月三一日、被告銀行との間で、極度額を金五億一〇〇〇万円、利息を年八・四パーセント(変動金利方式)、利息のみ毎月五日返済するとの約定で「三菱マイカード<ビッグ>」契約(以下「本件融資契約(二)」という。)を締結した。そして、原告進は、右融資契約(二)に基づき、同年九月七日から本件訴訟提起時である平成五年七月二七日までに別紙債務目録一記載のとおり合計二億八三二九万九六五七円を、同日から平成七年六月一日までに別紙債務目録二記載のとおり五四二〇万円を借り受けた(弁論の全趣旨)。
5 原告進は、本件融資契約(一)及び(二)に基づく債務の保証を受けるため、平成三年五月三一日、被告ダイヤモンド信用保証株式会社(以下「被告保証会社」という。)との間で、同被告において金三億三五〇〇万円を限度に同原告の被告銀行に対する右債務を保証する旨の保証委託契約(以下「本件保証委託契約」という。)を締結し、同日、被告保証会社に対し、保証料として金六六一万五六二八円(振込手数料六一八円を含む。)を支払った。
6 原告らは、平成二年五月三一日、被告保証会社との間で、本件保証委託契約に基づく求償権を担保するために、原告進所有の別紙物件目録一記載の土地について、原告両名所有の別紙物件目録二記載の土地について、それぞれ極度額を金九億二九五〇万円とする根抵当権設定契約(以下「本件根抵当権設定契約」という。)を締結し、同日、根抵当権設定登記手続をした。
7 原告進は、平成三年一月一六日、被告保険会社からの借入金により、被告銀行に対し、本件融資契約(一)に基づく元本債務の内金二億円を繰上返済し、その後、平成四年一〇月二日、本件融資契約(二)に基づく借入金により、被告保険会社に対し、右借入金及びその利息金を返済した(弁論の全趣旨)。
8 原告進は、本件融資契約(一)に基づく元本債務の内金二億円を繰上返済したことにより、平成三年二月二八日、被告保証会社から、金三八六万七二五二円の保証料の返還を受けた。
三 争点
本件の主要な争点は、被告らによる原告らに対する本件各契約の勧誘等の行為が違法であるとして不法行為を構成するか、本件各契約が原告らの錯誤により又は被告らの欺罔行為により締結されたものであるかであり、争点に関する当事者の主張は次のとおりである。
(原告ら)
1 変額保険の危険性等
(一) 変額保険とは、保険料の一部を特別な勘定として他の資産と分けて株式、公社債等の有価証券に投資して運用し、その運用実績により保険金額及び解約返戻金を変動させる仕組みの保険であり、死亡保険金のみが保障されている。変額保険においては、株価や為替などの変動が直接保険金額の増減に及び、生命保険会社の運用又は加入時期により保険金額等に大きな格差を生じ、その運用のリスクは保険契約者が負担することとなるから、変額保険は、極めて投機的な性格を有するということができる上、その複雑な仕組み自体理解困難であって、従来の保険とはその性質を著しく異にするものである。加えて、変額保険においては、日々新聞紙上又は証券会社店頭等で株価の変動が公開されてきた株式等と異なり、一般にその運用に係る情報が容易に入手できる状況にはない。
(二) さらに、変額保険は、銀行からの融資契約と組み合わせて、「手持ち資金の一銭もいらない相続税対策」、更には「利息の膨らむ程相続税対策となる。」として広く勧誘されていたが、保険料を金融機関から借り入れて変額保険に加入する場合において、変額保険における特別勘定の資産の運用実績の悪化したときは、死亡保険金又は解約返戻金によって借入元利金を返済することにも窮し、担保権の実行等により相続財産を失う危険性すらあって、相続税対策としても効果を発揮しない場合があり、いずれにしろ保険本来の趣旨を逸脱するものである。
2 変額保険契約等の締結に当たっての生命保険会社等の義務
(一) 被告保険会社には、変額保険自体の危険性にかんがみ、変額保険の募集に当たっては、変額保険の特別勘定の資産は株式など投機性の高いものに高い割合で投資運用され、その危険は保険契約者の負担となること、満期保険金、解約返戻金は最低額が保障されておらず、払込保険料を下回る危険性があること等について、客観的具体的な資料を示して、特に特別勘定の資産の運用実績がマイナスの場合の試算例を示して、顧客が右のようなリスクを十分理解できるように説明すべき信義則上の義務がある。
さらに、相続税対策として、あるいは銀行借入れによって変額保険に加入するよう勧誘する場合には、保険契約と融資契約がいずれも目的、手段において不可欠で不可分一体の関係にあることを考慮するとともに、変額保険が相続税対策になるか否かについて合理的な判断をするには変動金利方式による金利の動向、不動産価格の変動、税金実務等に係る広範な知識が要求されるにもかかわらず、保険契約者においてはこれらの知識が欠けることも考えて、信義則上、変額保険の危険性に加えて、解約返戻金又は保険金の額を融資に係る累積債務が上回って担保権の実行等により相続財産を失う危険性があること等相続税対策にならない場合があることについても、客観的具体的資料を示して説明する義務がある。
(二) 被告銀行もまた、変額保険に係る保険料の払込みのために融資する場合には、融資金額が極めて高額であるにもかかわらず、返済原資として保険契約者の収入を一切当てにしないで死亡保険金等のみを想定するなど通常の融資基準を大きく外れ、しかも借入元利金が最終的にどれだけ膨らむかわからないというリスクを内包したものであることにかんがみ、信義則上、被告保険会社と同様、変額保険が相続税対策にならない場合があることと共に変額保険独自の危険性について説明すべき義務がある。
(三) 被告保証会社は、被告銀行の右融資業務目的のために保証委託業務及び担保設定業務をする等被告銀行に協力し一体となって企業活動を行っていること、本件においても本件融資契約に基づく債務を担保するために被告銀行の行員を通じて本件保証委託契約及び本件根抵当権設定契約の締結をしたことにかんがみ、信義則上、被告銀行と同様の説明義務を負うというべきである。
3 本件各契約締結に至る経緯
原告らは、将来の相続税の支払いについて悩んでいたところ、平成二年三月当時、被告保険会社の外務員で知り合いの訴外井上利子(以下「井上営業員」という。)から相続税対策に良い保険があるとの話を聞き、同月中旬ころ、被告保険会社京都支社洛西営業所所長の乾修(以下「乾営業所長」という。)からその説明を受けることとした。そこで、乾営業所長は、原告ら所有の不動産を担保に銀行から融資を受けて変額保険に加入すれば一銭の自己資金も必要としないで有効な相続税対策になる旨説明したが、その際、原告らに対してパンフレット、設計書等の資料を交付することをしなかった。
その後、乾営業所長は、被告銀行京都支店取引先第三課課長代理の清田憲治(以下「清田課長代理」という。)及び同課課員の工藤貴朗(以下「工藤課員」という。)を連れて三、四度原告宅を訪れ、同人らと共に、原告らに対し、銀行借入れによる変額保険について、生命保険会社が保険料を株式等に投資して運用するもので、解約返戻金は変動するが死亡保険金が保障されていること、銀行から利息分も含めて借入れをするので、自己資金が一銭もいらないのみならず、借入債務が大きくなればなるほど相続税対策になること、そして、原告ら及び敬子を被保険者とした場合において原告進に死亡事故が発生したときは、原告順子及び敬子を被保険者とする保険契約を解約し、その解約返戻金と死亡保険金によって銀行からの借入債務を返済すればよいことを説明した。その際、工藤課員は、多額の借金を不安がる原告らに対し、変額保険における資産の運用実績が下がるときは銀行金利も下がるから、常に死亡保険金と解約返戻金が銀行債務を上回って余りが出る旨断言し、その運用実績表の提示を求めた敬子に対し、「売り出して間がないので実績の載っている資料はない。うちを信用してください。」と述べ、さらに「保険会社も銀行も儲かって私たちも助かるなんていううまい話があるのか。」との質問に対しても、「国が泣くんですよ、税金を貰えないんですから。」と言って、何ら危険がないことを確約した。
原告らは、以上のような一連の説明を聞いて多額の借金をする不安も解消し、本件各契約を締結することを決意した。
4 不法行為
被告らの本件各契約の勧誘等の行為は、以下に述べるとおり、法規に違反することはもとより、被告らに課せられた説明義務を尽くさない違法があり、詐欺行為にも該当するものであって、これらの被告らの違法な行為によって原告は損害を被った。
(一) 被告らの取締法規違反等
(1) 被告保険会社は、原告進に対する変額保険の勧誘に際し、変額保険の保険料の運用リスクは契約者に帰属するという変額保険契約における最重要事項を告げなかった上、私製資料及び将来における利益の配当等についての予想に関する事項を記載した募集文書を利用して説明するとともに、被告保険会社の運用状況は五割近くを株式に投資していたのに「海外とか不動産とかの有利なものに運用する」などの不実のことを告げ、また、生命保険募集人の資格のない被告銀行の行員をして本件変額保険の勧誘をさせるなどして、保険募集の取締に関する法律(以下「募取法」という。)九条、一四条、一五条二項及び一六条一項一号に違反した。
さらに、被告保険会社は、原告進に対し、「将来、運用成績が九パーセントを下回ることはない。」「保険料の運用利率は常に銀行金利より二、三パーセントは上回る。」「死亡保険金と解約返戻金で借入元利金を完済し、相続税を支払った上で現金を残せる。」など、将来の運用実績についての断定的判断を提供し、最低保障をはるかに上回る死亡保険金額を実質的に保障する行為をするなどして、昭和六一年七月一〇日付け大蔵省通達(銀行局第一九三三号)に反する行為をした。
(2) 被告銀行は、保険の勧誘行為をすることは許されないのに、これをしたことにより、銀行法一二条に違反した。
(二) 説明義務違反
(1) 被告保険会社は、前記の説明義務があるにもかかわらず、変額保険独自の危険性及びこれを相続税対策とした場合の危険性について、「契約のしおり」「設計書」及び「パンフレット」などの説明資料を示すこともなく、口頭での説明もしなかったばかりか、原告らから資料の提示を求められた際には「新しい商品なのでパンフレットはない。」などと答えて、右説明義務を履践しなかった。
(2) また、被告銀行及び被告保証会社も、変額保険独自のリスク及びこれを相続税対策とした場合の危険性について、何ら分かりやすい説明資料を示すことも、口頭で説明することもせずに、同様、前記説明義務を怠った。
(3) さらに、被告らは、原告らに対し、当時、生命保険会社における運用実績が被告銀行の金利七・九パーセントを下回っていたにもかかわらず、変額保険における資産の運用率が銀行金利より常に二、三パーセントは高く、最低でも九パーセント以上であると不実の内容を告げたのみならず、本件死亡保険金(原告進分)と解約返戻金(原告順子及び敬子分)が相続時の銀行借入の累積債務を下回ることなどありえない旨の断定的判断を提供し、本件変額保険に加入することにより節税効果があり、不動産を処分することなしに借入金を返済して相続税の支払資金を準備することができ、手持ちの資金なしで相続税対策をすることができることを強調した。
(三) 被告らの詐欺行為
被告保険会社は高額の保険料を獲得することを、被告銀行は高額の貸付けによる高額の利息を獲得することを、被告保証会社は高額の保証料を獲得することをそれぞれ目的として、本件変額保険契約及び融資契約を勧めることを謀議し、乾営業所長において、原告進に対し、変額保険自体の危険性はもとより、相続税対策とした場合の危険性についてもあえて説明せず、かえって変額保険の運用実績及び節税効果について不実のことを述べたり、断定的判断を提供し、原告らの本件各契約を締結する意思が固まっていないことを知りながら、被告銀行に原告進に対する払込保険料相当額の融資を依頼した。その依頼を受けた被告銀行京都支店の工藤課員は、乾営業所長と相協力して、原告らに本件各契約の締結を迫ることとし、変額保険自体の危険性及びこれを相続税対策とした場合の危険性についてあえて説明せず、未だ決心のつかない原告らに対して言葉巧みに本件各契約の締結を勧誘し、さらに変額保険の運用実績及び節税効果について不実のことを述べたり、断定的判断を提供することにより原告らの正当な判断を妨害した。
以上のとおり、被告らは、共謀して、原告らの将来の相続税の支払いに対する心配につけこみ、かつ、自らに対する社会的信頼を利用して、本件各契約の締結が安全、確実な相続税対策となると誤信させ、原告らに本件各契約を締結させたものであり、これらの行為は詐欺行為に該当する。
(四) 原告進の被った損害
以上の被告らの違法な勧誘により、原告進は、次のとおりの損害を被った。
(1) 本件変額保険契約に基づき支払われた保険料三億一六五〇万六〇〇〇円
(2) 本件融資契約(一)に係る印紙代金一〇万〇二〇〇円
(3) 被告銀行に対する利息債務で、本件融資契約(一)に係る平成二年六月一八日から平成五年七月一六日までの間の別紙利息目録≪省略≫一記載の合計四〇九三万四六九五円及び本件融資契約(二)に係る平成二年七月五日から平成五年七月五日までの間の別紙利息目録二記載の合計一九〇一万一七三九円
(4) 被告保険会社との間で締結された契約者貸付契約に基づき平成四年一〇月二日に支払われた利息債務三九一六万九六五七円
(5) 本件保証委託契約に基づき支払われた保証料六六一万六五二八円から戻し保証料として返還を受けた金三八六万七二五二円を控除した二七四万九二七六円
(6) 本件根抵当権設定契約に係る登記手続費用で原告進の負担した三八八万六二〇〇円
(7) 被告銀行に対する利息債務で、本件融資契約(一)に係る平成五年八月一九日から平成七年六月一六日までの別紙利息目録三記載の合計一二〇七万一二五〇円及び本件融資契約(二)に係る平成五年八月五日から平成七年六月五日までの別紙利息目録四記載の合計四三〇九万一二三七円
(8) 本件訴訟に関する弁護士費用二八〇〇万円。
(9) 前記(1)から(6)までの損害合計四億二二三五万七七六七円の賠償請求権に対する不法行為(最終損害発生)の日である平成五年七月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金及び前記(7)の損害合計五五一六万二四八七円の賠償請求権に対する不法行為(最終損害発生)の日である平成七年六月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
5 詐欺取消
本件各契約は、前記のとおり被告らの欺罔行為によって締結されたものであるから、本訴状をもって、原告進は本件変額保険契約、本件融資契約(一)及び(二)並びに本件保証委託契約を、原告らは本件根抵当権設定契約を、それぞれ取り消す旨の意思表示をした。
6 錯誤無効
原告進は、本件変額保険契約に係る解約返戻金額が変動し払込保険料の額を下回る危険性があり、その危険をすべて自ら負担することとなるにもかかわらず、このような変額保険の運用リスクは全くないものと誤信して本件変額保険契約を締結したものであるから、本件変額保険契約は、その締結において要素の錯誤があって無効である。
また、融資による変額保険契約は、融資契約の累積債務額が解約返戻金額又は死亡保険金額を上回って相続税対策にならない危険性があるにもかかわらず、原告らは、このような危険性は全くないものと誤信し、かつ、被告らに対し、このような動機のもとに契約を締結をする旨表示して、本件各契約を締結したから、本件各契約は、錯誤により無効である。
なお、原告らには、右のとおり、錯誤に陥るにおいて重大な過失はなかった。
7 よって、原告進は、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、払込保険料、本件融資契約に係る利息相当額、印紙代、保証料、登記手続費用及び弁護士費用合計五億〇五五二万〇二五四円及び弁護士費用分を除く損害賠償請求権に対する前記遅延損害金の支払いを求め、右請求と選択的に、被告銀行に対して本件融資契約(一)及び(二)の錯誤による無効又は詐欺による取消しに基づき総額四億七二四九万九六五七円の借入債務(本件融資契約(一)に係る元本債務三億三五〇〇万円から支払済みの二億円を控除した残債務一億三五〇〇万円、本件融資契約(二)に係る別紙債務目録一記載の合計二億八三二九万九六五七円、同債務目録二記載の合計金五四二〇万円)の不存在確認を、被告保険会社に対して本件変額保険契約の錯誤による無効又は詐欺による取消しに基づき不当利得返還請求として払込保険料三億一六五〇万六〇〇〇円及びこれに対する弁済期の経過した後で訴状送達の日の翌日である平成五年八月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、被告保証会社に対して本件保証委託契約の錯誤による無効又は詐欺による取消しに基づく不当利得返還請求として既払保証料六六一万五九一〇円から戻し保証料三八六万七二五二円を控除した二七四万八六五八円及びこれに対する右同様の遅延損害金の支払いを求め、また、原告進及び同順子は、被告保証会社に対し、本件根抵当権設定契約の錯誤による無効又は詐欺による取消しに基づき、本件根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。
(被告保険会社)
1(一) 変額保険は解約返戻金が変動することに特徴があり、また、変額保険が相続税対策としての効果を有するか否かについては、保険契約者の有する資産の価値の変動、生命保険会社による運用実績、銀行借入金利の動向等不確定要素により左右されるから、変額保険に加入することが必ず相続税対策になるものではない。変額保険の販売者たる被告保険会社には、変額保険の右の特徴について説明することは必要であるが、マイナス運用の場合や過去の運用実績についてまで説明すべき義務はない。
(二) 乾営業所長は、原告らに対して、変額保険における解約返戻金の変動のリスク、金利負担の必要性、相続税対策として有効となるための両者の関係について、契約のしおり、商品設計書、パンフレット等を用いて説明しており、相続時の死亡保険金又は解約返戻金と銀行借入の累積債務との関係や将来の変額保険の運用実績について、断定的判断を提供するなど募取法違反の行為をしたことはなく、詐欺的行為をしたこともない。
原告進は、自己の才覚で、当時の社会経済状況からみて変額保険における運用のリスクと金利負担を考慮しても相続税対策となりうると判断して本件変額保険契約及び融資契約を締結したものである。
(三) 本件変額保険契約が存続している以上、保険事故(死亡・高度障害)が発生すれば、本件変額保険契約に基づき、一件当たり最低三億円の保険金が支払われるのであるから、右契約の締結に伴う具体的損害は発生していない。たとえ、原告らの主張するとおり、原告進が相続税対策のために本件変額保険契約を締結したというのであれば、相続の事実が生じない限り、原告進に損害が生じるかどうかは明らかではない。
仮に被告保険会社に損害を賠償すべき義務があるとしても、原告進には本件変額保険契約締結に当たって過失があるから、損害額の算定に当たっては、その過失が斟酌されるべきである。
2 被告保険会社が原告らに対して欺罔行為をしたことはない。
3 原告らは変額保険の運用のリスクについて説明を受けていたはずであるから、変額保険に運用のリスクはないと誤信していたはずがない。
原告らが変額保険に加入すれば必ず相続税対策となると信じたとしても、そう信じるについては重大な過失があり、本件変額保険契約締結に当たり、このような動機が表示されたことはなく、仮に、動機の表示があったとしても、相続税対策となるか否かは、前記のとおり保険契約者の有する資産の価値の変動、保険会社の運用実績、銀行借入金利の動向等不確定要素により左右されるものであるから、原告進においてそのように信じるにつき重大な過失がある。
4 原告進は、平成二年七月から平成三年一月にかけて被告保険会社から契約者貸付けを受けているから、仮に本件変額保険契約に瑕疵があるとしても追認により取消権は消滅し、少くとも右契約の無効又は取消しを主張するのは、信義則に反し、許されない。
(被告銀行及び被告保証会社)
1(一) 被告銀行は、変額保険の企画製作に関与したことはなく、変額保険の販売に当たって融資契約と組み合わせて相続税対策として勧誘するというような業務提携関係を結んだこともない。また、変額保険契約と融資契約とは不可分一体の関係ではなく、別個の契約であり、銀行から融資を受けずに手持ち資金で変額保険に加入することも可能である。
(二) 保険商品についての説明義務は、販売資格を負う生命保険会社が負うものであって、販売資格を有しない被告銀行が変額保険について説明義務を負うことはない。さらに、被告銀行は、原告らから相続税対策を依頼されたわけでもなく、変額保険が相続税対策としてどのような意味を有するかについての説明義務を負うこともない。
2(一) 被告銀行は変額保険の払込保険料を必要としていた原告らに金員を貸し付けただけであり、変額保険の販売に係る行為は一切していない。
(二) 被告銀行は、原告らに対し、融資内容及び担保権設定契約の内容について十分説明をしている。
(三) 被告銀行は、原告らに対して、相続時の死亡保険金、解約返戻金と銀行借入れの累積債務との関係や将来の変額保険の運用実績について、断定的判断を提供した事実はない。
(四) 被告保証会社においても、変額保険の内容及びこれが相続税対策としてどのような意味を有するかについて説明すべき義務はない。
被告らが原告らに対して欺罔行為をしたことはない。
(一) 本件融資契約(一)及び(二)、本件保証委託契約並びに本件根抵当権設定契約は、本件変額保険契約とは全く別個の契約であるから、本件変額保険契約が詐欺により取消され、又は、錯誤により無効であるとしても、その効力が左右されるものではない。
(二) 原告らは、変額保険の運用のリスクについて説明を受けていたはずであるから、変額保険に運用のリスクはないと誤信していたはずがないし、本件各契約を締結することにより必ず相続税対策となると信じたとしても、相続税対策になることが本件融資契約、本件保証委託契約及び本件根抵当権設定契約の条件あるいは有効要件とされているものではなく、本件各契約締結に当たりこのような動機が表示されたこともなく、仮に、動機の表示があったとしても、十分な根拠がないにもかかわらず必ず相続税対策となると信じたことには重大な過失がある。
第三争点に対する判断
一 変額保険の内容等
≪証拠省略≫並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 変額保険とは、保険契約者から払い込まれる保険料のうち将来の保険金の支払いに必要とされる部分を定額保険に関する勘定(一般勘定)とは別の勘定(特別勘定)として管理し、これを主に株式、債券等の有価証券に投資し、その運用実績に応じて保険金額(死亡保障については、遺族の生活保障という生命保険の社会的責任にかんがみ、最低保障が設けられている。)や解約返戻金額が変動する仕組みの生命保険である。定額保険においては、保険料について安全性を重視した運用を行い、保険契約者に対してはその運用結果にかかわらず一定の給付が保障され、運用のリスクは保険会社が負担することとされているのに対し、変額保険においては、有価証券の投資に運用されるため、経済情勢や運用如何によっては高い収益が期待できる反面、株価や為替などの変動によるリスクを負い、しかも運用実績が直接保険金額に反映するため、運用の成果もリスクも保険契約者に帰属する点に特徴がある。
2 変額保険は、昭和六一年七月に大蔵省により認可され、同年一〇月からその営業が開始されたものである。
(一) 昭和六一年から平成元年ころにかけての日本経済は好景気の状況にあり、東京証券市場における株価は、昭和六二年一〇月二〇日に前日のニューヨーク株式市場の暴落を受けて暴落したものの、その翌日から一気に回復し、その後上昇を続け、ついに平成元年一二月には史上最高値を記録した。この間、大都市部を中心に地価も著しく高騰した。変額保険は、当初は、このような株価の上昇を受けて、利回りのよい「財テク商品」として売上を伸ばしていたが、その後、銀行からの融資により保険料を一時払いすることにより相続税の節税効果を狙う商品として、地価高騰で相続税の支払いに悩む大都市周辺の不動産所有者を対象に広く売り出された。
(二) しかし、平成二年二月から三月にかけて株価は急落し、同年五月から比較的順調に回復したものの、同年七月から九月にかけては約三五パーセント下落した。このような株価の暴落を受けて、生命保険会社各社の変額保険の特別勘定の運用実績は軒並み悪化し、それに伴い、銀行借入れにより変額保険に加入した保険契約者らにとっては、受け取るべき解約返戻金が融資による一時払いの保険料を下回る結果となった上、増大する借入金利の負担を余儀なくされることとなった。
3 右にいう節税の仕組みは、以下のとおりである。
保険契約者を被相続人、被保険者を推定相続人として銀行借入一時払いにより変額保険に加入した場合には、生命保険契約に関する権利は相続財産となるが、保険料の全額が一時に払い込まれた生命保険契約に関する権利の価額は払込保険料の全額に相当する金額とされているため(相続税法二六条一項ただし書)、一時払保険料相当額だけ相続財産の評価は増加し、一方、被相続人は保険料全額を銀行からの借入れによって支払っているので、右借入元利金債務分だけ相続財産の評価は減少することになり、したがって、相続財産評価額は借入金利相当額だけ減少し、支払い相続税額もまた減少することになる。また、相続人が相続税を納めるために当該生命保険契約を解約した場合において、右の相続財産評価額の圧縮による支払相続税の減少額と解約返戻金の合計額が借入元利金額並びに解約返戻金を一時所得として加算された総所得金額の増加分に係る所得税及び地方税額(所得税法三三条三項、二二条二項二号、地方税法三二条)の合計額を超える場合には相続税対策の効果が上がることになる。
被保険者を被相続人として銀行借入一時払いにより変額保険に加入した場合には、死亡保険金のうち被相続人の負担した保険料に対応する部分は相続により取得したものとみなされるものの、一定額の限度で相続財産の評価額から控除できるため(相続税法三条一項一号、一二条一項五号)、その限度で相続財産評価額が圧縮され、相続税額も減少することとなる。
4 ところで、変額保険が、以上のように、従来から我が国において定着していた定額保険とは異なる特徴を有するものであるから、保険契約者に変額保険の仕組み・特徴を理解させるべく、その募集・販売に当たって、次のような規制が設けられている。
(一) 募集に関して、通常の保険と同様、募集資格を生命保険募集人として登録された者等に限定し(募取法九条)、生命保険募集人が使用する募集文書図画について、所属保険会社の商号若しくは名称又は生命保険募集人の氏名を記載しなければならず(同法一四条)、保険会社の将来における利益の配当又は剰余金の分配についての予想に関する事項を記載してはならない(同法一五条二項)とし、さらに保険契約者又は被保険者に対して、不実のことを告げ若しくは保険契約の契約条項の一部につき比較した事項を告げ、又は保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為、保険契約者又は被保険者に対して特別の利益の提供を約する行為等を禁止している(同法一六条一項一号、四号等)。
(二) 保険業界の自主規制として、社団法人生命保険協会において、変額保険販売資格制度を設けて変額保険の販売資格を販売資格試験に合格した者に限定しているほか、「募集文書図画作成基準」を設けて生命保険協会に登録されていない私製資料の使用を禁止している。
さらに、生命保険協会の作成に係る販売資格試験用変額保険テキストにおいて、変額保険の販売に際しては、保険金額の増減と基本保険金額、特別勘定の資産運用方針、特別勘定資産の評価、モデル(運用実績が〇パーセント、四・五パーセント、九パーセント)に基づく試算例並びに解約返戻金額及び満期保険金額には最低保障がないことについて顧客に確認すること、変額保険契約の申込みを受けるに当たっては「ご契約のしおり―定款・約款」を事前に配付することが要求され、更に、契約締結後においては、契約応答日における特別勘定の運用実績に基づく解約返戻金額、同日前一年間の死亡保険金額の変動状況等について通知し、事業年度末には年度末特別勘定試算の内訳、特別勘定の運用収支状況等について通知することが要求されている。
(三) 大蔵省が各生命保険会社社長に宛てた昭和六一年七月一〇日付け蔵銀第一九三三号通達「変額保険募集上の留意事項について」は、変額保険の特殊性にかんがみ、契約者との無用のトラブルや募集秩序の混乱を防止し、変額保険の健全な普及・発展を期す観点から、将来の運用成績についての断定的判断を提供する行為、特別勘定運用成績について募集人が恣意に過去の特定期間を取り上げそれによって将来を予測する行為及び保険金額(死亡保険金の場合には最低保証を上回る金額)あるいは解約返戻金額を保証する行為について、変額保険募集上の禁止行為とし、変額保険の販売資格のない募集人による募集行為を変額保険契約者の利益を阻害し健全な募集秩序を乱す行為として明確化した。
(四) さらに、大蔵省が各生命保険会社に宛てた昭和六三年五月の口頭通達において、一時払養老保険の保険料ローンに代表されるような財テクを勧める等保険本来の趣旨を逸脱した提携は行わないこと、提携先金融機関に対し、募取法違反がないよう徹底すること、募集文書の作成に当たっては、過度に利殖性、有利性を強調しないことが定められ、平成三年には、非提携ローンについても、昭和六三年五月の口頭指導の徹底をされたい旨の口頭通達がなされた。
二 本件各契約締結に至る経緯
≪証拠省略≫並びに証人乾修、同工藤貴朗、同清田憲治、同山田敬子及び原告山田進本人によると、以下の事実が認められ、≪証拠省略≫(山田進の陳述書)、≪証拠省略≫(山田敬子の陳述書)、≪証拠省略≫(山田順子の陳述書)、≪証拠省略≫(乾修の陳述書)、≪証拠省略≫(工藤貴朗の陳述書)及び≪証拠省略≫(清田憲治の陳述書)並びに証人乾修、同工藤貴朗、同清田憲治、同山田敬子の証言及び原告山田進本人の供述のうち右認定に反する部分はいずれも採用しない。
1 原告進はタオル卸売業の会社に勤め、京都市内の烏丸御池近くに時価約一二億円の土地(平成二年五月当時)を原告順子と共有し、娘である山田敬子(以下「敬子」という。)と共に居住していた。
2 原告順子は、昭和五五年ころから喫茶店を経営している者であるが、平成二年三月下旬ころ、その喫茶店で、顔見知りの井上営業員に対し、固定資産税の支払いが大変であると話したところ、相続税の話に及び、井上営業員から、相続税対策として、銀行から土地を担保に融資を受けて保険料を支払い、相続時に保険金でその借入金を返済して相続税を納める方法があると教えられて関心を持った。そこで、原告順子は、原告進及び敬子に井上営業員の右の話を伝えるとともに、同人に詳しい話を聞きたい旨依頼した。なお、井上営業員は変額保険の販売資格を有していた。
3 乾営業所長は、井上営業員から前項の経緯を聞き、同人に対し、原告進、同順子及び敬子を保険契約者に想定し、一人当たりの保険金額を三億円として、特別勘定の資産の運用実績を九パーセント、四・五パーセント、〇パーセントとした場合の死亡・高度障害保険金及び解約返戻金の額を計算した設計書の作成を指示した。そして、乾営業所長は、同年四月初旬ころ、原告らに対して変額保険の詳しい説明をするために、井上営業員作成に係る設計書(≪証拠省略≫と同形式のもの)及び変額保険のパンフレット(≪証拠省略≫と同様のもの)を持参して、井上営業員と共に原告進宅を訪問した。そこで、乾営業所長は、原告進、同順子及び敬子に対して、原告らの土地の評価額が約九億円であって相続税額が約一億五〇〇〇万円にものぼることを話した上、持参した各資料を示しながら、井上営業員の話していた保険について、保険金に最低保障があるものの保険金及び解約返戻金が変動すること、保険料を株式、公社債等に投資して得られた利益を配当することになること、相続税対策になることについて、保険料は銀行から土地を担保に融資(当該借入金に対する利息を含む。)を受けて支払い、その借入金を保険金又は解約返戻金により返済してその残余資産で相続税を支払うことができること、銀行からの借入額が増大して重荷となった場合には当該保険に係る契約者貸付制度を利用して借入額を返済することも可能であること等一般的な説明をするとともに、原告らの場合について、特別勘定の資産の運用実績が九パーセント、四・五パーセント、〇パーセントの場合における保険金額及び解約返戻金額の推移について説明し、原告進の財産を相続した後の原告順子の死亡時の相続税対策として、原告順子も変額保険に加入したほうがよく、さらに、銀行から借金することによって相続財産を減らすことができるので、敬子も加入したほうがよいこと、相続税対策であるから長期的に見守ってほしいことを付け加えた。そして、乾営業所長は、原告らに対して、右パンフレット及び設計書を交付した。なお、右パンフレットには、変額保険について保険金額が特別勘定の資産の運用実績に基づいて増減する生命保険であること、その特別勘定とは他の種類の保険に係る資産とは区分して変額保険に係る資産の管理・運用を行うものでその運用対象は株式、公社債等の有価証券を主体とすること、保険契約者において経済情勢や運用如何により高い収益を期待できる一方、株価の低下や為替の変動による投資リスクを負うこと等の記載があり、設計書にも、同様、「この保険は運用実績に応じて保険金額が変動します。したがって、下図例1・例2のように保険金額は上下し、一定ではありません。」と注記の上、変動性を示す波形図が掲載され、また、運用実績が九パーセント、四・五パーセント、〇パーセントの場合における経過年数に応じた保険金と解約返戻金の推移を示す例表が示され、これにつき「変額保険は保険金額・解約返戻金額が変動する仕組みの保険ですが、保険の内容、特質をご理解いただくために下記例表を掲載しています。この例表の数値は、将来のお支払額をお約束するものではありません。」と記載されている。
4 その数日後、乾営業所長は、訴外三菱信託銀行京都支店の柳井融資課長及び伊賀同課長代理に原告らへの融資の件を持ちかけたところ、協力を得られることになったので、同年四月二三日、同人らを同行して、原告進宅を訪れ、同人らを同原告に紹介した。同人らは、原告進及び同順子に対して、同銀行による融資の内容及び手続きについて説明した。
同日、原告らは、保険金額及び保険料額が記入された生命保険契約申込書(≪証拠省略≫)の被保険者及び保険者の欄に署名押印したが、被保険者を敬子とする部分の署名押印については、原告順子が代行した。そして、乾営業所長は、あわせて右生命保険契約申込書の「ご契約のしおり―定款・約款」ご受領印欄にも原告らの押印をして貰い、原告らに対し、「ご契約のしおり―定款・約款」(≪証拠省略≫)を交付した。
その場で、乾営業所長は、原告らに対して、保険加入のための健康診断を受けるように勧めた。
5 原告らは、同年四月二六日、被告保険会社の健康診断を受けた。
6 ところが、同年五月上旬ころ、訴外三菱信託銀行から、原告進に対する融資は不可能であるとの連絡があったので、乾営業所長は、被告三菱銀行京都支店に原告進に対する融資を依頼し、清田課長代理に原告らとの折衝経緯を話した。
7 右依頼を受けた被告三菱銀行の清田課長代理及び工藤課員は、その頃、乾営業所長に同行して原告進宅を訪れ、原告両名及び敬子に対して、融資内容について、原告らの所有する不動産を担保にして保険料の支払いのための融資をすることができること、その利息についても資金使途を限定しない極度型のカードローンにより融資することができるが、その場合には複利となること、いずれの場合にも銀行金利は変動することを説明するとともに、相続税対策となりうることについて、銀行からの借入金は死亡保険金又は解約返戻金により返済することができ、その残余金を相続税の納入に充てることもできると説明した。
右の説明に対し、原告らは、銀行借入れによる変額保険の仕組みに不当なところはないか、原告らに対する融資が可能か、担保設定された不動産の帰趨などの点について質問した。
8 敬子は、原告進から相続税対策を委されたが、工藤課員らから説明を受けた変額保険及び相続税対策の仕組みについてなお不明な点があったので、その後数回、被告銀行京都支店に工藤課員を訪ね、特に、融資された元利合計額が死亡保険金と解約返戻金の合計額を上回り相続時に融資金の返済が不可能となるおそれがありはしないかと疑問を覚えていたので、この点について質問した。これに対し、工藤課員は、その都度、融資の仕組みについて説明するとともに、相続時に融資金の返済が不可能となるような事態になることはない旨答えた。その間、敬子は、自己の勤務先に来ていた信用金庫の担当者や勤務先の経理担当者に銀行借入れによる変額保険について質してみたところ、消極的意見が多かったことから、なお本件変額保険に加入することに逡巡があり、工藤課員にその旨伝えた。
9 そこで、同年五月二二日ころ、工藤課員は清田課長代理と共に原告進宅を訪れ、前回と同様、原告両名及び敬子に対し、本件融資による借金は相続発生時に死亡保険金と解約返戻金ですべて返済でき、相続税のための準備資金も残りうると説明するとともに、税金関係についてより詳しく説明し、相続人を被保険者として契約した場合には相続財産として評価されるのは一時払保険料であること、解約返戻金については一時所得としての課税がされること等について説明した。その際、清田課長代理及び工藤課員は、原告進に対し、被告三菱銀行に普通預金口座を開設するように依頼し、それを受けて、原告進は、右両名に一円を言付けて、右両名が持参した入金伝票(≪証拠省略≫)に署名押印した。
10 清田課長代理、工藤課員及び乾営業所長は、同月二四日、原告進宅を訪れ、原告らに対して、前項までと同内容の説明を繰り返したが、その際、原告進が、保険の運用率が銀行金利を下回り、そのため死亡保険金と解約返戻金の合計額で融資金の返済が不可能となることはないかと質問したところ、工藤課員は、そのような事態にはならない旨答え、敬子が、担保に供している土地の値段が下がれば融資することができないという状況にならないかと質問したところ、工藤課員は、日本は土地が限られているので土地の値段は下がらない旨答えた。さらに、敬子が、「保険会社も銀行も儲かり、私たちも助かるなんて、そんなだれも泣かないなんてうまい話があるものなんですか。」と質問したのに対し、工藤課員は「国が泣くんですよ、税金を貰えないんですから。」と答えた。
原告らは、以上の一連の説明によって納得し、本件各契約を締結することを決意した。
11 工藤課員は、同年五月三〇日、原告進宅を訪れ、借入れ及び保証の意思について確認した上、消費者ローン契約書(≪証拠省略≫)及び個人ローン申込書(≪証拠省略≫)に原告進の署名押印を、根抵当権設定契約証書(≪証拠省略≫)に原告進及び同順子の署名押印を、被告銀行の子会社である被告保証会社に保証委託をする保証委託契約書(≪証拠省略≫)及びその関連書類(≪証拠省略≫)に原告両名及び長女である森田万由美の署名押印を求めた。
そして、翌三一日、工藤課員は、一時払保険料三億一六五〇万六〇〇〇円を被告保険会社に振り込んだ。
12 なお、原告らは、乾営業所長は変額保険の設計書及びパンフレットを交付せず、手書きの資料を示して説明し、また、清田課長代理及び工藤課員は変額保険の運用率が必ず銀行金利を上回ると説明した等と主張し、これに沿う証拠もあるので、以下この点に関し付言する。
(一) 原告らは、乾営業所長から変額保険の設計書及びパンフレットを受け取っていないと主張し、これに沿う≪証拠省略≫(山田敬子の陳述書)、≪証拠省略≫(山田順子の陳述書)、証人山田敬子の証言及び原告進の供述がある。しかし、変額保険の詳しい説明を依頼された乾営業所長が、生命保険協会から要求されている設計書を作成せず、何ら資料を持参せずに口頭で説明する意で原告進宅を訪れたというのは不自然であり、特に、設計書が解約返戻金の変動の仕組みのほか、被保険者の性別、年齢、保険金額を基準として計算された保険料額が記載されたもので、変額保険の募集人がその勧誘に当たり右の事項を説明するのに通常用いる文書であること、原告らが乾営業所長の説明によって解約返戻金が変動するものであることについては理解していたこと(証人山田敬子九二頁など及び原告進本人六七頁)、さらに、このときの説明では三名の保険料合計額が約三億円であることを前提としてすでに計算されていたことが窺えること(証人山田敬子一九頁)を併せ考えると、乾営業所長が設計書等を用いて説明したとする乾修の証言を採用するのが相当である。
さらに、原告らは、乾営業所長が手書きの資料を示して説明したとも主張する。この点について、原告進本人及び証人敬子はその旨供述し又は証言し、とりわけ証人敬子においてはその資料を具体的に再現するが(≪証拠省略≫)、その内容自体必ずしも明らかではなく、しかも同人らの証言等によれば、その資料を乾営業所長が持ち帰ったというのであり、特に敬子においては、「その後にくれとは言いましたが、その日は言わなかった。」と証言するが、それ自体不自然であり、前認定のとおり、乾営業所長において原告らに対して変額保険の仕組みについて説明するために来参したという事情を併せ考えると、原告らのいう資料は、あるいはその理解を容易にするために乾営業所長においてその場で手書きした書面かとも推察される。いずれにしろ、その資料を客観的に認めるに足りる証拠はなく、原告進本人らの右の供述等のみをもって、乾営業所長が自ら作成した資料を示して説明したとは認めるに足りないといわざるをえない。
(二) また、清田課長代理及び工藤課員において、変額保険の運用率が銀行金利を下回らないと説明したとする点については、工藤証言、清田証言とも明確に否定するが、原告らが変額保険の運用率も銀行金利も変動するものであって相続税対策として奏功するためには変額保険の運用率と銀行金利との上下関係が重要であることを理解し(原告進本人六七頁)、その上で銀行金利を保険の運用率が下回らないかということを心配してその点を清田課長代理及び工藤課員に質問した(原告進本人四〇、四五頁)というのは自然であり、すすんで工藤が「天下の明治生命が、銀行金利を下回るような下手な運用はするわけはない」「我々を信じて下さい」と説明していたという供述部分(原告進本人四五頁、証人山田敬子五八頁)も信用できないではない。
しかしながら、工藤課員が、原告らに対し、銀行金利は変額保険の運用率と連動していること、必ず銀行金利が運用率を下回ることを断言したとまで認めるに足りる証拠はないといわざるをえない。また、工藤課員らが担保に供された土地の値段が下がることはなく、融資が担保枠を越えてしまうことはないと説明したとする点については、証人乾の証言(六一頁以下)に照らして、原告進の供述等は信用しうる。
さらに、原告らは、乾営業所長らに対し、過去の実績表を求めたところ、新しい商品なので実績表はない旨説明されたと主張し、それを裏付ける資料に≪証拠省略≫(山田敬子の陳述書)及び同人の証言があるが、同人の証言は食い違う部分があり(六〇頁、九〇頁と継続回二九頁)、必ずしも信用できず、そのほか右事実を認めるに足りる証拠はない。
三 原告の主張に対する判断
1 変額保険契約等の締結に当たっての生命保険会社等の義務について
変額保険の募集及びその契約の締結に当たり、募集人を含めた生命保険会社に対し、各種の規制が設けられていることは前記のとおりであり、これらの規制の目的は、従来我が国においては生命保険としては定額保険のみが存在し、したがって国民の間に生命保険は安全性の高い商品であるとの認識が広まっていたとの実情にかんがみ、新たに変額保険を販売するに当たって保険契約者の利益を保護することにあると考えられる。これらの規制の趣旨からすれば、生命保険会社は、変額保険の募集から締結に至るまで、変額保険契約に加入しようとする者又は契約締結者に対して、取締法規上の義務又は生命保険協会に対してその要求する遵守事項に従うべき義務があるものの、これらの義務を生命保険会社において契約締結上の義務又は契約に内在する義務として負うものではない。したがって、生命保険会社が右規制に違反したときに、行政上の制裁又は生命保険協会若しくは業界による制裁を受けることはあっても、右規制に違反して締結された契約の私法上の効果が、その違反をもって直ちに否定されるものでない。ただし、このことは生命保険会社が右の義務を疎かにしてよいというものではないこと当然であって、変額保険の前記のような特性にかんがみれば、生命保険会社において、右の各種規制を遵守することはもとより、募集・勧誘に際して、変額保険契約に加入しようとする者に対して、有効な意思の合致に向けて、当該者の年齢、契約に関する知識の程度等に応じて、よりきめ細かな説明を尽くす必要がある場合があるといわなければならず、このような観点から、契約の締結における個別具体的事情に照らして、当該契約が信義則に違背することがありうることはいうまでもない。また、生命保険会社が当該契約の内容について説明しないことにより、又は不適切な説明をしたことにより、相手方との間で、当該契約における意思表示の合致をみないときに私法上の効果の生じないことがありうることも別論である。
この理は、銀行の融資契約を締結しようとする者に対する当該融資契約に係る責務についても妥当する。融資契約を有効に成立させるため、銀行において有効な意思の合致に向けて、相手方の年齢、知識の程度等に応じて、当該融資契約の要素について説明する必要がある場合はあるが、もとより説明すべき私法上の義務を負うものではない。また、相続税対策として変額保険契約及び融資契約が併せて締結されるとしても、両契約は別個独立の契約であって、相続税の節税効果があることをその契約内容としているものではないことからすると、銀行が融資契約を締結する場合において、変額保険の仕組みのみならず、いかなる場合に相続税対策として効果が生じうるか等融資契約の要素を超える範囲について説明する義務もないといわなければならない。
なお、この場合においても、銀行又は生命保険会社が、その公共性及び社会的信用性にかんがみ、誠実に保険契約予定者に対応すべき責務を負うこともまた、当然である。
2 不法行為について
(一) まず、被告らの勧誘等の行為に取締法規違反等があったとする主張について判断する。
乾営業所長は、原告らに対し、設計書及びパンフレットを示しながら、変額保険の仕組みやその保険金額及び解約返戻金額が変動することについて説明したほか、変額保険を利用した相続税対策としての被告保険会社の商品の概要について説明したことは前認定のとおりであるから、変額保険契約における重要事項を告げなかったとして募取法違反をいう原告らの主張は、前提を欠き失当である。また、同人が被告保険会社の取り扱う変額保険に関して、その特別勘定の資産の運用として株式、公社債、不動産等に投資すると述べたことは前認定のとおりであり、不動産等に言及したことは適切とはいい難いが、前記パンフレットに記載された内容に照らしてみると、右措辞をもって不実のことを告げたというのは相当でない。そして、乾営業所長らの説明を受けた原告らが、変額保険の運用率も銀行金利も変動するものであって、相続税対策として奏功するためには変額保険の運用率と銀行金利との上下関係が重要であることを理解していたことは前認定のとおりであり、右の理解を前提として、前認定のとおり、原告らにおいて保険の運用率が銀行金利を下回らないかということを心配してその旨質問したのに対し、工藤課員らがこれを否定する返答をしたが、右の工藤課員の言辞は、個人の見解として楽観的な見通しを述べたものであって、前認定の事情のもとにおいては、未だ変額保険の運用率の方が銀行金利より常に上回ると断言したとまでいうことはできない。そのほか、工藤課員において、将来の運用実績について断定的判断を提供したり、最低保障を上回る死亡保証金額を実質的に保障したとの事実は認められず、同人らが原告に説明する際に使用した文書が生命保険協会の規制する私製資料であるとする証拠もなく、同人らにおいて将来における利益の配当等についての予想に関する事項を記載した募集文書を使用したことについても未だ認めるに足りない。さらに、清田課長代理又は工藤課員が変額保険に関連する事項について説明したことは前認定のとおり認められるものの、その説明は、被告保険会社から銀行借入れによって変額保険に加入したい顧客がいるとして原告らを紹介された同人らが、変額保険の保険料の支払いのための融資であることにつき理解を促し、あるいはその質問に応じ、かつ、その融資手続に関する範囲内でされたものということができ、右の行為をもって同人らが変額保険の勧誘行為をしたと評価することはできない。したがって、銀行法一二条違反をいう主張は、採用の限りでない。また、清田課長代理及び工藤課員は、金利の変動等を含めて融資条件について説明したのであって、その行為に原告らの主張する法規違反はない。
そのほか、被告らにおいて変額保険の仕組み及び変額保険を利用した相続税対策の概要等についてあえて不合理な内容の説明をしたとか、虚偽の情報を提供したとの格別の事情までは認められず、その行為に法規違反に値いするものは見当たらない。
(二) 乾営業所長が、原告らに対し、設計書及びパンフレットを示しながら、変額保険の仕組み及びその保険金及び解約返戻金は変動することについて説明したほか、変額保険を利用した相続税対策としての被告保険会社の商品の概要について説明し、清田課長代理及び工藤課員が、金利の変動等を含めて融資条件について説明したこと、原告らが、変額保険の運用率も銀行金利も変動するものであって相続税対策として奏功するためには変額保険の運用率と銀行金利との上下関係が重要であることを理解していたことは、前認定のとおりである。
一方、清田課長代理及び工藤課員が原告らの質問に対して「天下の明治生命が、銀行金利を下回るような下手な運用はするわけはない。」「我々を信じて下さい。」と答えたことも前認定のとおりであるが、右の言辞は、個人の楽観的な見通しを述べたにすぎないとはいえ、それ自体必ずしも適切ではなく、しかも、≪証拠省略≫によれば、平成二年三月時点における各保険会社の特別勘定の資産の運用実績を見ると、マイナスの加入月を抱える保険会社は七社にのぼり、被告保険会社にあっては、五・四パーセントを記録し、その運用率は被告銀行の当時の金利よりも低いものであり、その後更に運用実績が悪化していったことが認められ、このような当時の運用実績にかんがみると、不合理と思われる余地がある。しかしながら、前に認定したとおり、本件各契約が締結された同年五月当時は株価が一旦急落した後持ち直し始めた頃であって必ずしも景気が低迷したまま推移していくとは予想されていなかったのであり、かえってこのような株価の低迷時は変額保険加入の好機であるとも考えられていたことが認められ、このような当時の社会経済事情、景気に対する大方の認識に加え、原告ら、とりわけ敬子において変額保険について既に相当の理解を示していたことを踏まえれば、右の説明内容が未だ不合理なものとまではいうことができない。被告らにおいて、あえて変額保険に内在する保険金及び解約返戻金の変動のリスクを隠したり、現在の運用実績や銀行利回りについて虚偽の事実を告知するなどの格別の事情が認められないことはもとより、前記のような事情からすると、変額保険契約又は変額保険の保険料に係る融資契約を勧誘する上において、保険契約者に対してある程度楽観的見通しを述べることは、いわゆるセールストークとして商品の利点を強調したものであるということができ、違法性を有する行為とまではいえないと考えられる。
そのほか、本件において、被告らが原告らに対してあえて不合理な内容を説明したとか、虚偽の情報を提供したとかの格別の事情は見当たらず、被告らの行為に違法性があると評価することはできない。
(三) 原告らは、被告らが共謀して、原告らに対して詐欺行為を犯した旨主張する。
しかし、前記のとおり、被告らは原告らに対し変額保険の仕組み及び変額保険を利用した相続税対策の概要、ひいては、変額保険の危険性や相続税対策とした場合の危険性について説明し、これらの説明を聞いた原告らは変額保険の保険金及び解約返戻金が変動することを理解した上、保険の運用率が銀行金利を下回らないかということを心配してその点について質問もしたというのであるから、原告らにおいて銀行借入一時払変額保険の一定の危険性については理解していたものということができるのであって、さらに、被告らが原告らの将来の相続税支払いに対する心配につけこみ、あるいは銀行借入一時払変額保険が相続税対策として安全・確実であると誤信させていたとの事実を認めることはできず、ましてや被告らが、本件変額保険契約から得られる高額の保険料及び本件融資契約から得られる高額の利息を獲得するため、相協力して原告らの誤信に乗じて本件契約の締結を迫るべく謀議したとの事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、本件各契約の締結が被告らの詐欺によるものであるとの原告らの主張は、理由がない。
(四) 以上のとおり、被告らの勧誘等の行為は未だ違法性があるものとは認められないから、損害額を検討するまでもなく、被告らに共同不法行為が成立するとの原告らの主張は、採用することはできない。
3 錯誤無効について
本件全証拠によっても、原告進が本件各契約を締結するに当たり、当該契約の内容を誤信したとか、契約の締結を決意するに至る過程における事情を誤信したとする事実を認めることはできない。
前記認定のとおり、原告進は、被告らから変額保険のリスクについて説明を受け、変額保険の保険金及び解約返戻金が変動することについては理解していたものということができるから、同原告の本件変額保険契約の締結の意思表示に要素の錯誤があったということはできない。また、原告らが、被告らから、本件融資契約の内容について、更に、本件融資契約に係る借入金の返済につき死亡保険金及び解約返戻金により賄うことについて説明を受けたこと、原告らが本件相続税対策を採用するに当たり変額保険の運用率が銀行金利を下回らないかということを心配していたことからすると、原告らにおいて融資契約の累積債務額が死亡保険金等の額を上回る危険性が全くないものと誤信していたものともいえない。確かに、清田課長代理及び工藤課員が、運用率が銀行金利を下回ることはないとの方向で説明したものと推察されるけれども、これをもって原告らにおいて右危険性が全くないものとまで誤信したということはできないし、むしろ、原告らは、右危険性があることを理解した上で、変額保険の運用率が銀行金利を下回らないかということを心配し、工藤課員らの楽観的な予測を参考に今後の景気の動向等を検討した結果、被告保険会社の投資運用の能力を信頼して、変額保険の運用率が銀行金利を下回ることはないと自己の責任で判断して、本件各契約を締結するに至ったものと認めるのが相当である。
したがって、原告進の本件変額保険契約の締結の意思表示に要素の錯誤があったということはできないから、原告らの主張は、理由がない。
4 詐欺取消について
原告らは、被告らの勧誘等の行為は欺罔行為に当たると主張するが、被告らが原告らに対し虚偽の説明をしたとか、被告らの勧誘態様によって原告らを誤信に陥らせたものであることを認めるに足りる証拠はなく、かえって前記認定事実によれば、被告らの本件勧誘行為が欺罔に当たるとは未だいい難い。
よって、原告らの主張は、採用の限りでない。
四 以上のとおり、原告らの請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 門口正人 裁判官 小林元二 松山遙)